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2011年1月

■補足編3■

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2010年に私が直接清和源氏心実流を宣伝したのは、合計100人! これは偶然だろうか? いや神様のお計らいだろう

 2010年に、私が直接清和源氏心実流を宣伝したのは、合計100人となった。勿論、私がわざと狙って100人にしたわけではない。できるだけ沢山の人に、願わくばさりげなく宣伝したいと思いつつ、たまたま12月末近くに丁度100人となったのである。内訳は以下の通りである。

・旗挙げ檄文を渡す 12人

・宣伝文を渡す 69人

・旗挙げ檄文と宣伝文の両方を渡す 13人

・清和源氏心実流旗挙げのスピーチを目前で行う 6人

 2010年は日韓併合条約発効100年の年。また、第100回目の世界フィギュアスケート選手権のあった年。この「100」という数字は、百済王族の「百」と同じである。2010年私が直接清和源氏心実流を宣伝した人数が丁度100人になったのも、神様のお計らいではないだろうか。私を励ますために、わざと100人になるようになさったのではないだろうか。これは私の考え過ぎだろうか? 

 なお、8月6日に旗挙げをしたが、直接宣伝を始めたのは10月になってからである。

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無神論者、無宗教者に神の存在を実感してもらうにはどうすればよいか。ただ単に「神が存在する」と思うことが大切なのではなく、その人自身の心が神の心と充分似た状態にまで成長することこそが大切だ

 神が存在していると思っていても、本当の神とは似ても似つかぬような神のイメージを心の中に抱いていては、仕方がない。どうしたら本当に近い神のイメージを心に抱けるのか。

 ある人物が存在していても、その人が自分から遠く離れた場所にいて、行方不明で音信不通ならば、その人が存在しているかどうかは分からない。しかし、ある人物が自分の鼻先50cmの距離にいて、その人の姿が見えて、声が聞こえるならば、その人が存在していることは、当然分かる。

 5m、10m、50m、1kmと、その人と自分との距離が離れれば離れるほど、その人がそこに存在しているかどうかは、自分にとっては分かりにくくなる。10km離れた場所にいたとしたら、本当にその人がそこに存在しているかどうかは、分からなくなる。しかし、だからといって、その人が存在しなくなるわけではない。自分に分かるかどうかは別にして、ちゃんと存在しているのである。

 また、その人が自分の鼻先50cmの距離にいても、自分の目を固く瞑り、耳を塞いでいれば、その人がそこにいることは分からないこともある。

 また、その人が自分から遠く離れた距離にいても、非常に大きな高い塔の上に登って強い大きな光を送ってくれたり、何か手紙や電話などをくれたりしたら、その人が存在していることが分かる。

 神は霊的な存在である。よって、心が神によく似た人の方が当然、心が神にあまり似ていない人よりも、神との心理的な距離が近いので、神が存在することが容易に分かるだろう。自分の心が、神の心から似ていなければ似ていないほど、神が存在することが分かりにくくなるだろう。

 従って、神が存在する、ということを分かるためには、自らが人間的に成長して、より、神に近い心を持った人間になることが必要であろう。そうすれば、神が存在することが分かり易くなることは勿論の上、本当に近い神のイメージを心に抱けるのではないだろうか。

 人間は神の子なので、本当は、神は全ての人の心の中の奥の奥にいるのかも知れない。心が未熟な人は、心の中の神が眠っている状態で、表れていないだけかも。人間の心が充分成長し、神の心そのものになれば、自分の心そのものが神そのものであると分かるのかも知れない。

 結局、心が神の心と非常に離れた、未熟な状態のままで、つまり、心理的な距離が神とは非常にかけ離れたままで、「神は存在する」と無理やり思い込み、本当の神とは似ても似つかぬ神のイメージを心に抱いても、何の意味もないのである。

 ただ単純に「神が存在する」と思うことが大切なのではなく、その人自身の心が神の心と充分似た状態にまで成長することこそが大切で、本当に近い神のイメージを心に抱きながら、「神は存在する」と実感することこそが大切なのである。

 よって、無神論者、無宗教者が神の存在を実感するためには、それらの人が清和源氏心実流になり、「感謝、親切、工夫、成長、幸福」で人間的に成長することが大切だろう。

 また、更に、神様が、人類の魂を成長させることによって人類を幸せにしたい、という明白な意思を持っていることを、それらの人に知ってもらうことが大切だろう。神様が2010年、全日本国民に「これが世界に向けての清和源氏心実流のスピーチ原稿案だ!」で述べた、2つのメッセージを伝えてきたことを知らせることが、それに当たるだろう。

 神様は、非常に大きな高い塔の上に登って、我々に強い大きな光を送ってくれたのである。みんなが人間的に成長して、神に近い心を持つように、と。

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